2013.11.22

【特集】「選手の人生最高の場面を残してやりたい」…広報活動に情熱を注ぐ大阪府協会・田下由美さん

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

(文・撮影=樋口郁夫)

間もなく還暦とは思えない若さと美貌の田下さん

 子供がレスリングを始めたことでレスリングを知り、チームの運営や大会開催のお手伝いするようになるお母さんは少なくない。しかし、子供がレスリングを卒業すれば一緒に卒業し、レスリングを遠くから見つめるのが普通の姿だろう。

 例外もある。大阪府協会理事を務める田下由美さん(5?歳)は、レスリングの魅力にとりつかれ、レスリング界に残った一人。現在は府協会のホームページを担当。大阪の選手の活動をつぶさにレポートしている。

 ホームページを持っている都道府県協会はまだ少ない。立ち上げてはいても、多くの予算を割けず、常時更新していく人がいないのが現状だろう。田下さんはすべて自費で大会に足を運び、速報を心がけて更新している。10月初めの東京国体でもその姿があり、カメラマン用のビブスを来てマットサイドからカメラを構えていた。

 試合後、寝食を後回しにして記事のアップを優先する姿勢は、プロの“報道マン”の姿。肉体的、金銭的に辛いと感じることはあるが、「選手から『見させていただきました。ありがとうございます』と声をかけてもらえることが、ものすごくうれしいし、励みです」と喜びも多い。手がけているホームページをどの都道府県協会のホームページよりも充実したものにすべく、情熱を注いでいる。

■1対1の闘い! 自分が頑張らなければならないレスリング

 田下さんがレスリングと出合ったのは20年以上前のこと。2人の子供を「強く育てたい」と、高槻市連盟(寺内正次郎代表)のもとへ通わせたことに始まる。それまではレスリングというスポーツの存在を「知りませんでした」。

 子供はレスリングを卒業し、「じっとしているタイプだったのが活動的になった」という収穫を得て立派な社会人になった。保護者として接したレスリングは、とても魅力あるスポーツだった。「マットの上では1対1の闘い。自分が頑張らなければならないスポーツ。短い時間で、自分のすべてを出し切って闘わなければならないところが魅力です」。

 今でこそ吉田沙保里選手らの活躍で世間一般に知れ渡るようになったが、以前は日陰の存在だった。「マイナーな存在でしたね。素晴らしさを多くの人に伝えたい、レスリングで頑張っている子たちを紹介したい、励ましたい」という思いが高じ、ホームページを立ち上げて普及活動に携わることになった。

 大阪府協会のホームページの「お知らせ」の欄にアクセスすると、大阪府内の大会のみならず、国体など今年だけでも20を超える大会の成績や写真がアップされている。プロの記者ではないから詳細な記事はなく、選手のコメントを入れる程度。それも方針だ。「出来事に対しての感じ方は人それぞれです。自分の意見などを書いてしまうと、反発も出てきます。選手の写真を中心に、せいぜい見たままの記事を掲載します。ほかに、会場風景や裏方の人たちをも掲載するようにしています。応援している人も運営に携わっている人も、みんなが主役です」。

 府内の大会に手弁当で駆けつける分には、金銭的な負担は少ないが、子供が出るわけでもないのに国体取材で東京まで自費で足を運ぶことは驚き以外の何ものでもない。その理由を「ああいう大きな大会は、とても気持ちが高まるんです。大阪の選手が頑張っているのを見ると楽しいし、行くだけの価値があるから行きます」。

 さらに「国体とかにはだれでもが出られるわけではないですよね。予選を勝ち抜いて晴れ舞台に出る。その選手にとっては、自分の人生でとても大きなことだと思うんです。勝っても負けても、打ち込んできたもののすべてが、そこにあります。その選手の最高の場面を残してやろうという気持ちなんです。結果表だけでは、その選手が人生をかけて闘ったことが埋もれてしまいます。埋もれてしまう部分を表に出してやりたい」と熱い言葉が続いた。

■「レスリング、好きなんです!」-

 最初に手掛けたのは10年くらい前で、中学生向けのホームページだった(Cheerful wrestling)。日本レスリング界の長い間の懸案事項となっている中学レスシリングの振興を願って立ち上げた。「小学校でレスリングをやっていても、中学で(やれる環境になく)やめる子が多くいます。ホームページで選手の活躍を取り上げることでやる気を持ってもらい、高校につながるようにしたかったんです」。

ホームページの制作のことは全くわからなかったが、強い情熱は行動へと移るもの。いろんな人に聞き、子供が約1週間をかけてページ制作の基本を指導。そのあとは専門書を読んで独学でノウハウを学び、立ち上げたという。「スタートしてみると、はまってしまいましたね」

 記者やカメラマンというのは、自分の作品に陶酔するナルシスト的な面がなければ続くものではないが、田下さんの場合は、ナルシストということ以上にレスリングへの愛情が行動へとつながっているのは間違いない。

 「1人でも2人でも、『ありがとうございます』『勇気が出ました』と言ってもらえることが私の宝物です。微力ですけど続けていきます。レスリング、好きなんです」-。熱い情熱がなくなることはないだろう。