※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子) オリンピック選手を破る殊勲で初の全国一を達成した山中
山中は現在日体大4年生で、本人によると「高校からビッグタイトルでの優勝経験はない」という選手。だが、優勝はなくても、昨年の岐阜国体、全日本選手権、今年6月の全日本選抜選手権でそれぞれ3位と、コンスタントに上位に進出。今夏の全日本学生選手権では、高谷の背中を激しく追っているアジア選手権3位の北村公平(早大)からもポイントを奪うなど潜在能力はあった。
■「あわよくば3位を」という大会前
今大会は、初戦で元66kg級学生2位の岩渕尚紀(拓大)、次に昨年の大学王者・葈澤謙(青森・自衛隊)と対戦するトーナメントのため、「厳しいと思っていたけど、あわよくば3番くらいにと思っていた」と振り返る。だが、葈澤が負傷で棄権し、初戦の岩渕に勝つと、トントン拍子で決勝に進出した。
優勝をかけて闘う相手は、昨年の天皇杯や今年の明治杯を受賞し、休養中でロンドン・オリンピック金メダリストの米満達弘(自衛隊)に代わって男子レスリング界の顔となっている高谷だ。「勝てる要素はないんですが、高谷選手は世界選手権を終えたばかりで、お疲れだと思ったので、あわよくば…」という気持ちでマットに上がった。
開始早々、相手の様子も見ずに片足タックルで奇襲攻撃。これが見事にはまって高谷を場外際に吹っ飛ばして2点を獲得。会場は今大会一番のどよめきかが起こった。
だが、今のルールは6分間で地力がある選手が有利。この時点では高谷に分があると思った人が大多数だっただろう。スタンドに戻り、試合が再開されると、すぐさま高谷が反撃。高速タックルで山中を崩そうとした時だった。 がぶり返しを3度決めて快勝!
■がぶり返しの手を離したら負けると思った
連続ローリングではなく、がぶり返しを3連続で決めたことは山中本人も驚きだった。「実は苦手なんです。ローリングを決めようと(高谷選手を)落としてバックに回ろうとしたのですが、回れなかったので」と、流れで出した技が完ぺきに決まったようだ。
最初は落としてから流れで決め、その反動を生かして2度目も決めた。その時点で山中に3度目を仕掛ける発想はなかったという。周囲の応援で気持ちが変わった。-がぶりを決めているその手を離したら、終わりだよ-。
「確かにそう聞こえたんです。その通りだなと(笑)。得点を見たら6-0だったんです。無理して乗られてフォールという可能性もありましたが、どっちにしても、(スタンドに戻ったら)負けるはずだったので」と、3度目の返しにチャレンジし、見事にそれを成功させた。
■きっかけは6月の全日本選抜選手権
新ルールは2つの見方がある。6分トータルポイント制のため、体力や総合的な力が必要で地力がある選手が順当勝ちするという見方。もうひとつは、7点差がつけばテクニカルフォールで試合が終わるため、開始早々からグラウンドの連続技などで一方的に攻めたものが勝つという見方だ。
この試合は、山中が様子を見る間もなく奇襲攻撃で攻め、手をゆるめずに一気に8点をもぎ取った。その理由について、「6月の全日本選抜選手権の準決勝で高谷さんと対戦したとき、立ち上がりから様子を見てるうちに、何もできずに0-8で負けました。その時、コーチにすごく怒られてかなりへこみました。今回は負けて当然なので、何かはやろうと思ったんです」。
今大会一番の大番狂わせに、何度も「運が良かった。たまたま」とまぐれを強調する山中だったが、今後の目標を問われると、表情が変わった。「まだ学生のタイトルがないんです。11月の内閣(全日本大学選手権)で優勝し、本物になりたいです」。
学生界には昨年の二冠王者、嶋田大育(国士舘大)や北村(前述)という双璧がいる。「卒業後もレスリングを続けたいんです」という山中がその壁をぶち破って、ホンモノレスラーを目指す。