※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
大会最終日。メーンイベントとも言える試合は男子グレコローマン120kg級の決勝だった。日本から来た報道陣は、日本選手が1人もファイナルに残らなかったこともあって原稿執筆は終了。中にはパソコンをバッグにしまい、最後の試合をじっくり観戦しよという記者もいた。
しかし数刻後、期待は裏切られ、ため息に変わった。押し合い、差し合いに終始するだけで、技らしい技がまったくない攻防。かつてアレクサンダー・カレリン(ロシア)が必殺のカレリンズ・リフトをもって不動の王者に君臨し、会場のだれもがそのダイナミックな技に期待を寄せた階級だが、目の前に展開されていたのは大男同士の“押しくらまんじゅう”だった。 地元選手出場の時には会場中が湧きあがった世界選手権だが、グレコローマンには大きな課題も見つかった
■ルールが変わっても、分かりづらさは変わらない
では、軽中量級はどうなのか。重量級よりはスリリングに感じる試合は多かった。倉本一真選手とキューバの試合などは、激しくポイントを取り合った場面があり、第3者であっても、思わず見行ってしまうようなシーンだったと思う。
グレコローマンの専門家なら、「技がしっかり極まっていないから、乗られたりしてお互いにポイントが入る展開になる。低レベルの試合だ」と言うのかもしれないが、レスリングがオリンピック競技として存続するためには、素人(観客・視聴者)にアピールできるスポーツでなければならない。バックを取ってスタンドを待つような姿勢でなかったことは、評価されるべきところだ。
それでも報道陣の一致した意見は、「わかりづらいですね」だった。同じコーションでありながら、ポイントがつかないコーションと、相手に1点がつくコーションが存在。消極性に与えられるコーション、場外逃避に与えられるコーション、フライングに与えられるコーション、脚を使って防御した場合のコーション等が混在することが、分かりづらさに拍車をかけている。
消極性を取られて警告失格となって、「え? まだコーションは2回じゃなかった?」と思い、よく考えてみると、場外逃避で1コーションがついていたというケースもあった。 グレコローマンの将来を危惧する西口茂樹強化委員長
パーテールポジションのフライングで決着がついた66kg級の韓国とロシアの決勝戦は、今後に禍根を残す一戦だった。そもそも、フライングの判断基準がまちまち。攻撃側のフライングと思ったら防御側だったり、その逆だったり。
その決勝戦は最後、ロシアがフライングをした、と判定され、これが3度目のコーションとなって韓国の手が上がった。あれをフライングと取るのは、ちょっとかわいそうと思った人は少なくないだろう。「お互いが納得できるようにやらせろ」が、本人と周囲の気持ちだったのではないか。審判によって勝敗が決まるスポーツに、未来はない。
■今のままなら、「またオリンピック除外の危機を迎える」…西口茂樹強化委員長
男子グレコローマンの西口茂樹強化委員長(拓大教)は、技をかけにいくのではなく、コーションを取りにいく試合のまん延に、「せっかくオリンピック競技に残ることになったのに、こんなことをやっていたら、外されてしまう」と危機感を口にした。
「あのレスリングでは、またオリンピック除外の危機を迎える。『まだコーションを取ってもらえないのか』と思って闘っている選手がいる。審判に勝ち負けを決めてもらおう、なんて気持ちでダメ。自分達で勝ち負けを決めないとならない」と話し、脇を締めて構え、押し合い、差し合いで有利をとって闘う試合をなくさねばならないと主張する。 技をかける姿勢で2階級を制した韓国(74kg級決勝)
差しても、それはコーションをもらうための差しではなく、次の技につなげるための差し。攻撃にはカウンターを受ける危険も出てくるわけで、勝つことに徹すれば、おのずと控えてしまう。しかし、西口委員長は「あれだけ必死になってレスリングをオリンピックに戻したのだから、勝ち負けにこだわらず闘うレスリングが必要。勝ち負けだけではないことを選手も指導者も分からないとならない。指導者も間違っているところがある。」と、レスリング界全体の意識改革を訴えた。
オリンピック存続が決まってから初めて行われる国内のビッグ大会が、来月4~7日の東京国体。セコンドからは「コーション狙え! コーション取りに行け!」という声がとばないことを強く望みたい。
オリンピックに残ることは決まっても、グレコローマンには非常ベルが鳴り続けている。この先、IOCが男女同数階級の実施を求めてくるのは確実で、IOC内には技の展開の少ないグレコローマンの除外を求めている空気があるのも、何人かの有力者のコメントからして間違いない。
グレコローマンに鳴り続けている非常ベル。指導者の耳にしっかりと届いてくれていることを願いたい。