※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫) 《決勝VTR》
■吉田沙保里の試合結果
決 勝 ○[6-5]村田夏南子(日大)
準決勝 ○[8-2]浜田千穂(日体大)
2回戦 ○[フォール、1P1:29(5-0)]永石美智(九州共立大)
1回戦 BYE
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絶体絶命の窮地に追い込まれながら逆転優勝した吉田沙保里
しかし、薄氷を踏む思いでの優勝。国内では2001年12月の山本聖子戦以来負けなしの吉田が、日本選手相手に終盤までリードを許したのは初めてのこと。「最後の最後までリードされてしまった。(村田)夏南子が強くなっていることは認めます」と若手全体の底上げを痛感した大会となった。
■吉田が弱くなったわけではない
吉田が辛勝した理由は、若手の成長ともあるが、吉田自身の調整不足も一つの要因だろう。オリンピック3連覇を達成し、その1ヶ月後に行われた世界選手権(カナダ)で13度目の世界の頂点を極めたたが、「その後の4ヶ月は何もしなかった」と完全休養。
開始早々テークダウンを奪われ、転がされた吉田(赤)
-レスリング、2020年オリンピック競技から除外候補へ―
2020年までの現役宣言をしていた矢先に、競技自体が除外される可能性が出たことで、吉田は現役選手にもかかわらずレスリングの顔として存続活動の表舞台に立ち、日々マスコミの対応に追われた。5月下旬の国際オリンピック委員会(IOC)理事会では練習を1週間も休んでロシアへ飛び、ロビー活動を行った。関係者が「吉田が金メダルを3つ持ち歩いてロビー活動したことは効果的だった」と話すように、吉田の活躍もあって理事会でレスリングは最終候補競技の3枠に残ることができた。
だが、30歳を超えた吉田が大会2週間前に1週間も練習をオフにするのは酷だった。吉田は「ロシアから帰国して2週間、しっかりと追い込めたので関係ない」と話したが、いつもより肌は青白く、タックルの切れも悪かった。そこに新ルールが拍車をかけた。「バックを取られてローリングで、気がついたらあっという間に5点取られていた」。新ルールによって試合が“高速化”したことが吉田を窮地に追い込む形となってしまった。
だが、オリンピックを3度制した女王の気持ちは切れなかった。ラスト20秒を切ったところでも「負けてしまってはダメだ。取り返さなくては」と言い聞かせ、最後まであきらめなかった。
フェイントで村田を惑わせてアタック。もつれながらも吉田は村田にしりもちをつかせてバックポイントを奪い6-5と逆転。その直後、試合終了のブザーが鳴った。「危なかったと思った」と、この10年で一番の辛勝だった。
■練習に集中し世界V14へ
ラスト十数秒の攻防! 吉田(赤)が2点を取って逆転
その中で、吉田は勝った。「やるからには、まだ負けられないです。(若手に)追われるのは辛いけど、V14、V15としていきたいので、何が何でも代表になりたい」。若手の成長とレスリング存続活動で練習時間を割かれても、女王の意地で乗り越えた。
「世界選手権でV14できるように真剣に体重を増やしていかなければ」。辛勝した事実を受け止めて、吉田が前人未到の世界V14へ再スタートを切った。