2013.05.15

【特集】アジア女王にストップをかけられるか? 手術から復帰の女子72kg級・新海真美(アイシンAW)

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

(文=樋口郁夫)

 3月のワールドカップ(モンゴル)で個人優勝し、4月のアジア選手権(インド)で優勝。女子72kg級・鈴木博恵(クリナップ)が素晴らしい勢いを見せているが、世界選手権の日本代表は、まだ「手中にした」とは言い難い。右半月板の手術で戦列を離れていた新海真美(アイシン・エィ・ダブリュ=右写真)が復帰してくるからだ。

 新海は67kg級時代に世界2位や世界学生チャンピオン、アジア・チャンピオンという実績を持っている。昨年10月、“前進のための後退”で手術に踏み切り、全日本選手権は欠場した。それも順調に回復し、来月の明治杯全日本選抜選手権(15~16日、東京・代々木競技場第2体育館)での“逆転”を目指してエンジンをかけ始めた。

■鈴木博恵との対戦成績は5勝2敗

 手術は内視鏡で半月板の損傷部分を除去するもの。「レスリングの動きをすると痛みが走りました。手術しないとレスリングを続けられないと思いました」と言うものの、難しい手術ではなかった。今年2月にはマットワークを開始。最初は、ひざをつくのが怖いという気持ちがあり、思い通りに脚がついていかなかりもしたが、やっていくちにそれらの違和感も徐々になくなってきた。「選抜はいいコンディションに持っていけると思います」と回復具合に自信を見せる。

 マットを離れているうちに、鈴木が海外で好成績を続けた。しかし焦りはない。「(鈴木が)あの選手に勝ったんだ、という気持ちはありましたけど、だからと言って、焦るという気持ちはありませんでした」。

 新海と鈴木の過去の対戦成績は、新海が5勝2敗と勝ち越している。直近の対戦である昨年6月の全日本選抜選手権では敗れているものの、3ピリオドともクリンチにもつれた末の敗戦。新海の口からは出てこなかったが、「組みしやすい相手」という意識があるのではないか。

《新海真美と鈴木博恵の対戦成績》

2006年 全日本選手権67kg級 新海真美 2-1(1-0,0-1=2:03,4-0) 鈴木博恵
2007年 クイーンズカップ67kg級 新海真美 2-0(1-0,2-0) 鈴木博恵
2008年 全日本選手権67kg級 新海真美 2-1(1-0,0-1,1-0) 鈴木博恵
2009年 全日本女子選手権72kg級 新海真美 2-0(1-0,1-0) 鈴木博恵
2011年 全日本選抜選手権72kg級 新海真美 1-2(3-2,0-1,0-4) 鈴木博恵
2011年 全日本選手権72kg級 新海真美 2-1(1-0,0-4,3-1) 鈴木博恵
2012年 全日本選抜選手権72kg級 新海真美 1-2(1-0,0-1,0-1) 鈴木博恵

■2008年世界2位の悔しさが今も続いている

 アイシン・エィ・ダブリュで“トリオ”としてやってきた甲斐友梨さん(2009年世界選手権51kg級銅メダル)と山名慧さん(同年世界選手権59kg級代表)はマットを去ったが、新海はまだやり残したことがあり、マットを降りる気持ちにはなれなかった。やり残したことのひとつが、2008年10月に東京で行われた世界選手権67kg級で2位に終わったこと。

「あそこで勝てなかった悔しさが、ずっと続いています」。67kg級(旧68kg級)は日本の弱点とされている階級で、世界選手権の決勝に進んだのは新海が初めてのこと。周囲からは「初めてなんだって。すごいね」と言われたそうだが、喜ぶ気持ちになれなかったのは言うまでもない。

 手術に踏み切ったことは、肉体のリフレッシュのみならず、精神面でのメリットもあった。昨年の全日本選手権は欠場したが、これは選手生活初めてのこと。「全日本選手権を外から見て、『試合に出たい』という気持ちになりました。感じるものがたくさんありました」。

 アイシンの仲間が去っていったのは「寂しかったし、(1人になって)辛かった」と言うが、やり残したことと、すなわち世界チャンピオンへの思いが、27歳にして現役続行を決意させた。レスリングを続ける以上、目指すところはオリンピック。吉田沙保里選手らの活躍を見て、「あこがれます」という気持ちも、マットを降りられない理由のひとつだ。

■手術前の闘いで72kg級の手ごたえを感じた

階級をオリンピック階級の72kg級に上げ、最初は「全然歯が立たなかった。この中で勝ち抜けるのだろうか」と感じた壁も、やっていくうちに闘える感触を得るまでになった。手術前に出場したゴールデンGP決勝大会では、欧州選手権で3位になったこともあるポーランド選手と互角近い試合ができ、手ごたえを感じつつあるという。

 以前は思うような練習ができないと落ち込んでいたが、今は「こんな日もあるわ」と開き直れるふうになったそうで、これも手術によってマットを離れ、「冷静に見つめられることになったおかげ」だという。

 がむしゃらに突き進むことがすべてではない。あえてブランクを作った新海が、蓄積したエネルギーを爆発させて世界選手権へ進めるか-。