2013.05.11

【特集】「私の責任は全階級をオリンピックに連れて行くこと」…西口茂樹・男子グレコローマン強化委員長インタビュー

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

 全日本チームの新しい強化体制がスタートし、1ヶ月以上が経った。男子は2度の合宿とアジア選手権(インド)をこなし、ハードな内容だったが、このあとは世界選手権の代表選考会となる明治杯全日本選抜選手権(6月15~16日、東京・代々木競技場第2体育館)へ向けて各所属での強化となる。新任の西口茂樹・男子グレコローマン強化委員長(拓大教=写真)に、約1ヶ月間の強化を振り返ってもらった。(聞き手=樋口郁夫)


 ――男子グレコローマンの強化委員長に就任して1ヶ月以上が経ちました。この間、2度の全日本合宿とアジア選手権があったわけですが、振り返ってください。

 西口 このままでは世界では勝てない、というのが正直なところです。まあ、2度の合宿は選手との信頼関係をつくるための合宿でした。私はふだん拓大で選手を指導していますが、全日本の合宿では、所属は関係なしに選手を強くすることを考えている、ということを選手に感じてもらいたいと思っています。鍛えるのはこれからです。

 ――世界で勝てない、という理由は?

 西口 大半の選手が、「積極的に勝ちにいく。」というポジティブな考え方ではなく「負けたくない。負けたらどうしよう。」というネガティブな気持ちでの試合が多かったからです。「自分の力を出し切る」「勝利のためならリスクを恐れない」という積極的でポジティブな強い意志・精神力がないと、世界で勝ち抜くことは難しいです。

――技術的にはどうなのでしょうか?

 西口 今の(試合時間の短い)ルール下では、最初に技術を論ずるのは無理です。まず体力の面で外国選手と同じレベルにいって、それで技術の優劣を論じなければなりません。

 ――技術を論ずる前に体力が劣っている、と。

 西口 体力は間違いなく劣っています。ただ、だから必ず負ける、というものではなく、やり方次第では勝つ可能性はあると思います。ここに、ロンドン五輪代表の長谷川(恒平=55kg級)や松本(隆太郎=60kg級)らが戻ってくれば、日本全体として、いいところまでいくと思います。

■「厳しく言うとできる」では、金メダルは取れない

 ――五輪代表以外の選手の育成が急務ですね。

 西口 若手選手がダメ、ということではなく、やり方が分かっていないわけです。口では「オリンピックを目指す」「金メダルを狙います」とは言いますが、では「具体的に何をしているの? 勝つために何をやっているの?」と聞くと、しっかり答えられない。アジア選手権で、某選手が極的な内容で力を出せなかったので、「(試合で)何が怖いの?」と聞いたら、「何が怖いのか分かりません」と答えてきました。「何が怖いのかを考えて試合やれ」と言って次の試合をやらせたら、「よく考えたら特に何も怖いところがなく、なぜ怖がっていたのだろうと思い開き直れました。だから、そこそこできました」と言ってきました。

――考えて試合をやっていないわけですね。

 西口 考えてやってはいると思いますが、試合と練習で考え方を変えていると思います。先ほど言ったことですが、練習はポジティブで、試合はネガティブです。だから、試合になると余計なことを考えすぎる。アジア選手権で積極的に闘っていたのは、田野倉(翔太=55kg級)と井上(智裕=74kg級)くらいだったと思います。ただ、合格点かどうかと聞かれれば、全員に合格点をやれると思います。前向きな気持ちがありましたし、オリンピックへ向けての最初の国際大会としては合格点です。しかし、私の責任は全階級をオリンピックにつれていくことであり、オリンピックでメダルを取らせることです。そのためには、やらなければならないことがたくさんあるということです。

――今をベースにして、当面の強化計画は?

 西口 (日本の)グレコローマンは、国内だけで練習していては世界で勝てる実力はつきません。韓国やロシアなどの外国で練習したい。世界選手権の代表が決まってからになりますが、外国で鍛えたい。もちろん国内で切磋琢磨して実力を伸ばしてほしいと思います。

 ――西口強化委員長は、拓大の教え子の米満達弘選手と高谷惣亮選手をまったく別の指導方法で育てたことで有名です。選手の性格や個性を把握して指導する力が評価されていますが、全日本トップ選手の性格や個性がこの1ヶ月でつかめてきたといったところでしょうか。

 西口 今までにも接していて分かっている選手もいましたけど、2度の合宿でより分かってきましたね。コーチ間にも連携がとれてきたと思っています。豊田コーチ(雅俊=警視庁)が及ばないところは飯室コーチ(雅規=自衛隊)が補っているし、松本コーチ(慎吾=日体大監督)が来てくれるとチームが締まりますね。私も今回の合宿でけっこう大声を出しました。コーチが大声で指導することが必ずしもいいわけではありませんが、必要な場合もあります。ただ、「厳しく言うとできる」では金メダルは取れない。

■選手とコーチの気持ちは一致している

 ――アジア選手権を再度振り返っていただきたいのですが、コーションの取り方が厳しくなると言われていました。実際に参加して、どうだったでしょうか。

 西口 そんなに怖がるほどのことではないと思います。練習の通りにやればいいんです。でも、練習通りにできない選手が多いです。

――練習通りにやりたいけど、それができないことが、多くの選手にとっての課題なのではないですか?

 西口 選手は練習の時、守ることを考えては練習しない。攻める気持ちをもって練習しています。ところが、試合になると守ることが前提になって試合をしてしまう。そこに問題があるわけです。せっかく腕を差しても、そこから攻撃することなく抜いてしまう。「なぜ攻めなかったの?」と聞いたら、「相手の力が強かったから」と答えてきました。「相手の力が強かろうが何であろうが、攻撃しなかっただろう」と言うと、「そうですね」と答える。こうした姿勢ではダメなわけです。

 ――失敗した中から得るものがある、と。

 西口 「投げが怖かったから差せなかった」というのなら、それに応じた指導ができますが、「相手の力が強かったから差した腕を抜いた」のでは、指導のやりようがないわけです。今のルールでは、差さないとなかなかポイントにつなげられません。昇り調子の選手には「いいぞ」と声をかけ、首をかしげる選手には疑問点を解決してやるのがボクたちの仕事ですが、今の段階では仕事ができないです。

 ――??

 西口 「相手に極められ、極めぞり(そり投げ)にかかってしまうのが怖いです」なら、どうやったら極めぞりにかからないようにできるかを指導できます。「相手の技が怖い」と言うのなら、相手のビデオを見せて怖くないことを教えることができます。でも、「相手の力が強いから差せない」とかでは指導できないわけです。

 ――わずか1ヶ月ですが、感じることが多かったようですね。

 西口 焦っても仕方ないという気持ちです。1年ごとに結果を出していかないとならないし、そうでなければ全日本に出してくれる拓大に対しても申し訳ない。その中でも3年半というスパンで考えていきたい。メダルを取りたいという選手とメダルを取らせたいというコーチの気持ちは一致しています。