※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
2020年五輪からの除外問題とは別に、世界のレスリング界は2016年リオデジャネイロ五輪へ向けて動き出している。3月下旬の欧州選手権(グルジア)、今月初めのパンアメリカン選手権(パナマ)に続き、18日からアジア選手権(インド・ニューデリー)が始まる。
ロンドン五輪出場を最後の最後で逃した男子フリースタイル60kg級の前田翔吾(25歳=クリナップ、右写真)は、打ちひしがれた時期を乗り越え、今冬の“試運転”を終え、本格的な再起ロードに突入する。
2009年に世界選手権初出場で5位入賞という飛躍を、その3年後につなげられなかった悔しさは骨身に染みている。「4年間はあっという間だということは、前回で分かっています。焦ってはいけませんが、(世界の競争は)そこそこのとろに来ていると思います」。1日たりとも無駄にはできない。五輪翌年から全開モードでなければ五輪出場はないと思っている。
悔しさいっぱいの2010年アジア選手権銀メダル(左端)
■この冬はロシアとイランで世界最高レベルの闘いを経験
ロンドン五輪を逃した前田は、昨年後半には再起して12月に全日本チャンピオンへ。この冬は海外遠征で鍛えた。1月はロシア最高レベルの国際大会の「ヤリギン国際大会」に出場し、2回戦でロンドン五輪3位のコールマン・スコット(米国)に敗れて上位進出ならず。2月はワールドカップ(イラン)で世界の強豪と闘い4勝1敗で個人順位2位。
約1年ぶりの国際大会という事情を考えれば、上々の試運転と考えられるが、「もう経験を積む、なんていう年ではありませんから…」と、全勝できなかった2大会には満足していない。
スコットは、ロンドン五輪で湯元健一選手が敗れてメダルを逃した相手。「そのことの意識はありました」と、必勝の思いを持って臨んだだけに、悔しさは大きかった。第1ピリオドを先制し、第2ピリオドにクリンチの攻撃権を取ったにもかかわらずに失敗。気持ちを立て直すことができずに負けてしまった。
2月のワールドカップでイラン選手と闘う前田(青)
だが、世界の強豪とリーグ戦で闘えたことは「いい経験になった」と振り返る。何よりも、レスリングが国技というイランで試合ができたことは大きかった。イランで試合をした選手のだれもが口にすることだが、超満員の熱狂の中で試合ができるのは「レスリング選手としての誇りを感じる」こと。リオデジャネイロ五輪を目指すにあたり、大きなエネルギーとなったことは間違いない。
■昨年の試練を飛躍につなげられるか
前田はこの冬の遠征を「1年間の成果が試される遠征でした」と振り返る。昨年は、前年までの所属先との契約が終わり、至学館大職員として愛知県に在住することになった。同大学の選手の指導をしながらの練習となり、母校・日体大で多くの選手相手に練習に集中できる環境ではなくなった。
田南部力コーチ(2004年アテネ五輪銅)の見守る前で、松永共広コーチ(2008年北京五輪銀)とスパーリングする前田
世界王者に輝くには、自我を確立し、一本立ちできていなければならないのは言うまでもない。「監督やコーチの言うことを素直に聞く選手では、世界王者や五輪王者にはなれない」とも言われ、自分で考える力が必要になってくる。この1年間の経験は、前田を大きく成長させてくれたはずだ。
クリナップ入社によって、再び日体大のハイレベルの練習環境の中に加わって実力アップをはかることになった。4月5日にはクリナップの社員が1000人くらいが参加した懇親会が行われ、アジア選手権代表として激励を受けた。「多くの応援を受け、こたえなければならないと思いました」。
選手生活の支えができ、精神面で一回りも二回りも大きくなった前田。日本チームをけん引する闘いが期待される。