※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=保高幸子)
2004年アテネ、2008年北京、今夏のロンドン五輪と3大会連続メダルを獲得し、長く世界トップレベルの闘いを繰り広げている国内の男子フリースタイル55kg級。その中でもロンドン五輪を目指し、同五輪で銅メダルを獲得した湯元進一(自衛隊)と接戦中の接戦を繰り広げてきたのが稲葉泰弘(警視庁=右写真)。
湯元が出場しない今回の全日本選手権では、頭ひとつ抜け出している存在。世界トップレベルのレスリングを見せてくれるか。
■今年5月のワールドカップ出場で世界一の気持ちが高まる
稲葉は、湯元が持っていない世界選手権のメダルを持っている。2010年、ただ一度出場した世界選手権での銅メダルだ。約2ヶ月後にあった広州アジア大会でも銅メダルを獲得した。世界に出ればメダルを必ず取る実績と自信があった。
国内では湯元になかなか勝てなかった。世界最高峰の選手同士だけに、闘う度に研究し合ったぎりぎりの試合になる。0-0のままボールピックアップにもつれることも多く、どちらに転んでもおかしくない実力差といえた。しかし、勝った者しか五輪に出られない。稲葉は昨年、湯元に2度とも負けてしまい、五輪アジア予選に出場するキップを逃した。
現役世界王者をも倒したことのある湯元が五輪予選を突破する可能性は高いと、誰もが思っていた。それもあり、湯元に敗れてから気持ちを切り替えるのに、それほど時間はかからなかったという。湯元が五輪出場を一発で決めたあとの5月上旬のワールドカップ(アゼルバイジャン)では、「2010年の世界選手権以来、初めて世界の舞台で闘って、世界チャンピオンを目指したいという気持ちが高まった」と話していた。
全日本選抜選手権で優勝した稲葉。今回の全日本選手権はは内容が問われる
「目標は来年の世界選手権の金メダルです」とはっきり口にする。湯元に対しても外国人選手に対しても課題だったパワーをつけるため、昨年の全日本選抜選手権のあとからは60kg級や66kg級の選手とのスパーリングにも取り組んだ。重い選手にも対応できるようになり、稲葉は変わった。
警視庁の田南部力コーチ(全日本コーチ)も太鼓判を押す。「稲葉とスパーリングをしていて、強くなり、安定したことを感じます。1年前と全然違いますよ。切れもあるし、スタミナもついた。進一(湯元)がいたからこそ、ここまでの努力をやって来れたんだと思います」
その強化は国内の闘いに向けてではない。現在、この階級では頭一つ抜けている稲葉だ。「世界チャンピオンになると決めたからには、日本の大会ではただ勝つだけではダメ」(田南部コーチ)。今大会は世界で勝つためのステップと考え、試合内容にも求めるものが高い。
■「世界選手権で銅メダルを取った時よりも強くなっている」
稲葉もそのつもりだ。今年6月の全日本選抜選手権では、“新生稲葉”の片りんを見せた。「全日本選手権でも、自分のレスリングをしてポイントを取って勝ちます。まだまだ強くなれる。信じています。世界選手権で銅メダルを獲った時より強くなっている。強くなりたいという気持ちが強いんです。若い選手は伸びてくるだろうけど、負けられません」と息巻く。
「世界選手権につなげます」と語気を強める稲葉。目指す世界の金メダルに向けて、圧倒的なレスリングで会場を沸かしてほしい。