※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
混戦が予想された今年の全日本大学選手権。66kg級は、昨年のアジア・ジュニア選手権の日本代表ではあるが、失礼ながら「ノーマーク」と言っていい倉野真之介(法大=右写真)が、3回戦で2011年学生王者の小石原拓馬(日体大)を破るなどして決勝に進出する殊勲を挙げた。38回を迎えたこの大会、法大の選手で決勝に残ったのは、1976年の第2回大会74kg級の鈴木寛以来(2位=同年の学生王者)、36年ぶりとなる。
■「単純で乗りやすい性格」で勢いをつける!
「決勝で負けてしまいましたが、2位という成績は正直に『うれしい』の一言です」。岐阜・中津商高時代は国体ベスト8が最高。法大に進学後、2011年のJOC杯で2位に入っているが、これは早生まれのため3年生で出場でき、年下の選手が大半という大会での成績だった。昨年と今年の全日本大学グレコローマン選手権で3位に入っているものの、新人戦でも決勝に残ったことはなく、「決勝の舞台にあこがれていました」と言う。
今大会は3回戦で小石原を撃破。勢いに乗って準決勝でも西日本学生選手権2位の選手を破り、決勝進出を決めた。「周りから『行けるぞ』とか言われ、その気になったのですが、やっぱり相手(田中幸太郎=早大)は強かったです」。
ローシングルが得意な田中にローシングルを決め、第1ピリオドを先取した倉野
だが、日体大の代表選手を破った殊勲は特筆される。「周囲は田中選手と小石原選手の決勝を予想していたでしょうね」と笑うが、自身も「恐れていた面はありました。実績からすれば相手の方が格上。培ってきたものを出し切って食いつければいいかな、という胸を借りる気持ちでした」という試合前だったという。
ふたを開けてみると、得意のアンクルピックが決まるなどして互角の闘い。第2ピリオドは取られたが、攻めて返された内容であり、気持ちが萎えることはなかった。最後はボールピックアップでクリンチの攻撃権を取っての勝利。「自分の技を信じてきてよかった」と振り返った。
初戦(2回戦)を2ピリオドともテクニカルフォールで勝ち、「しっかり足を動かすことができました」と、エンジンを全開にしてから強豪と対戦した組み合わせもよかったようだ。スロースターターだそうで、初戦で小石原との対戦だったらどうなったか分からない。初戦が終わって、周囲から「調子いいから行けるぞ」と言われ、「単純で乗りやすい性格ですから」と、最高の勢いをつくれたことも不安に打ち勝てた要因だった。
■世界王者も輩出した法大復活の起爆剤となるか
かつて五輪代表選手や世界王者2人(吉田嘉久=1965年フリースタイル・フライ級、田中忠道=1969年フリースタイル57kg級)も輩出した法大だが、現在は若いOBに全日本トップ選手はおらず、部員も多くはない。指導者は一般企業の人間であり、週末にしか練習に参加できないといった環境。意識を高く持っての自主性がなければ、これだけの好成績は残せないだろう。
第1ピリオド先取も生かせずに敗れた倉野(赤)だが、法大から36年ぶりの銀メダル獲得
卒業後は当初、一般企業に就職し、レスリングは社会人の大会に出る程度を予定していたという。しかし監督やコーチから「もう1年、本気にやってみないか」と言われ、「教職を取っていないので、もう1年大学に通い、もっと上を目指してみようかな」という気持ちになりつつあるという。「レスリングが好きでして、この先、レスリングがないという生活が考えられないんですよ。それならもう少し、という考えも出てきています」。12月の全日本選手権が“引退試合”になることはなさそうだ。
「これを機に、後輩に頑張ってもらいたい。ボク達が達成できなかったリーグ戦での上位入賞を目指してほしいです」。“中堅大学”の選手でも、やればできることを証明した銀メダルは、後輩たちに大きな起爆剤となるか。