2012.09.01

【全日本学生選手権・特集】ロンドン五輪を“経験”し、逸材が覚醒!…男子フリースタイル74kg級・嶋田大育(国士舘大)

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

(文=増渕由気子)

 「高谷惣亮-北村公平」の2強時代から戦国時代へ! ロンドン五輪代表となった高谷惣亮(拓大=現ALSOK)の独断場だった学生の男子フリースタイル74kg級、今年の全日本選手権の同級は、昨年3位の嶋田大育(国士舘大=右写真)が決勝で過去2大会連続2位の北村公平(早大)に2-0で快勝。大学2年で学生の頂点を勝ち取った。「インターハイでも(頂点に)届かなかったのに、インカレで優勝して夢みたい」と笑顔をこぼした。

 嶋田は若手の登竜門である4月のJOC杯では、ジュニアの部で2年連続優勝。66kg級だった高校時代のカデットでの成績を入れると5年連続優勝と、中量級のホープとして素質十分の選手。今大会、ついにその才能が開花した。

■北村公平(早大)戦の前に大きな壁

 今大会、嶋田にとってのヤマ場は、決勝の北村戦よりも準決勝だった。6月の全日本選抜選手権で北村を破って3位に入った同門の主将・葈澤謙(国士舘大)と対戦しなければならない組み合わせ。手足が長いことに加えて、トリッキーな技で相手を翻弄する葈澤との闘いを前に、嶋田は決意を固めた。「いずれは対戦しなければならないのだ!」―。

 学年は2つ違うが、国士舘大の和田貴広コーチが「互いに意識している」と話すように、インカレ直前の練習で手合せすることはほとんどなかった。だが、同じ場所で練習を積んでいることは変わりなく、葈澤に手の内は知り尽くされていた。

 対戦を前にして、嶋田は「謙先輩と自分はまだ差があるのではないかと思っていた。準決勝までの試合を見る限り、調子はよさそうでしたし」と不安をかかえていた。案の定、スタートダッシュに成功したのは葈澤。嶋田は第1ピリオド、背負い投げなどでニアフォールに追い込まれ、1-6と大差で落としてしまう。

決勝で北村にアンクルホールドを仕掛ける嶋田

 このままでは負けてしまう。大ピンチを迎えた嶋田が信じたものは“自分のレスリング”だった。「これまでは、対戦相手のことばかり考えていて自分のレスリングがなかった」と気づき、ここ最近は自分の型を磨いてきた。乏しかった攻撃力も、タックルを中心に“己の武器”と言えるほどにまで磨きてきた。

 「タックルに入るのは怖いですけど、そこを恐がったら試合は負けですから」と開き直った嶋田は、第2ピリオドから攻守がかみ合い、葈澤に競り勝った。「どうせ負けるんだったら、思い切り攻めてやろう」―。嶋田のがむしゃらさが2つ上の先輩のテクニックを上回った。

 勢いは止まらず、初対戦となった北村の決勝は、第1ピリオドを1-0で奪うと、第2ピリオドはタックル、アンクルホールド、またさきなど技のオンパレードで5-2で勝利。今大会唯一の国士舘大のチャンピオンに輝いた。

■五輪で学んだ「きれいな技はいらない」

 同門の先輩、そして高校時代のスーパースターの北村を撃破しての優勝。嶋田をここまで覚醒させたのは、やはり練習パートナーとして向ったロンドン五輪だ。嶋田は「ロンドンに行っていなかったら、この優勝はなかった」ときっぱり。

 米満達弘(自衛隊)の金メダルを間近で見て、「こんな(学生の大会)ところで負けていられない。自分の(目標の)ハードルを上げてみようと思った」と、嶋田の意識が改革されたようだ。

2011年の全日本学生選手権表彰式。この中から、だれがリオデジャネイロへ? 左から北村、高谷、葈澤、嶋田。

 晴れ舞台の試合で“大切なこと”にも気づいた。「上位に進んだ選手は、誰もきれいなレスリングにこだわっていなかった。泥臭くて、粘って、がむしゃらに闘っていた」。これまではテクニックにこだわりすぎて、思うように試合を進められないとイライラしてしまい、負けてしまうことが多かった。「勝ち負けが大事。どんなことをしても勝つ気持ちが大切だと、オリンピックを見て気がづいた。派遣を指名してくれた強化委員長に感謝している」と振り返った。

 五輪を“経験”した嶋田だからこそ、今大会の試合で許せない部分があった。「決勝の第2ピリオドで5-0とリードしてから2点取られてしまった。北村さんに勝ちたいと思い、向かってくる北村さんから逃げてしまった。もし1点のリードで、今回と同じことをしたら負けです」。5点を取って守りに入ったことで、自己採点は50点。優勝は素直に喜んでいても、五輪を本気で目指す嶋田は、反省点をしっかりと洗い出していた

 「今回の優勝はラッキーだと思っている。これでおごってしまうと成長が止まる。まだまだと言い聞かせて、今後の学生タイトルは逃さずに、そして自分自身と闘って行きたい」。嶋田大育が自らダイヤモンドの原石を磨き始めた―。