※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
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表彰式でも表情をこわばらせる湯元進一(右端)
【ロンドン(英国)=増渕由気子 写真=保高幸子】フリースタイル最軽量級で金ならず-。男子フリースタイル55kg級の湯元進一(自衛隊)は、準決勝で2010・11年世界ジュニア選手権優勝のウラジミール・ヒンチェガシビリに1-2で敗れて、日本勢24年ぶりの金メダル獲得はならなかった。
3位決定戦では、元世界王者のラドスラフ・ベリコフ(ブルガリア)をストレートで下して銅メダルを獲得したものの、試合終了時も表情は変わらず、スタンドの応援者に促されて、ようやく笑顔が出た程度だった。
ロンドン五輪男子勢として2個目、フリースタイルでは第1号。さらに日本お家芸としてのフリースタイル最軽量級でアテネ五輪から3大会連続でメダル獲得と、湯元のメダル獲得は非常に大きな意味を持つ。だが、数々の国際大会で優勝し、次は金メダルと見据えてロンドンに乗り込んできた湯元にとって銅メダルで収まりがつくはずがなかった。「金メダルを取るためにやってきた。全力を出して闘っていたので、(準決勝で負けて)がくんと落ちました。もう1試合しなければならないのか…と」。
金ロードに光がさすような組み合わせだった。3度対戦して全敗しているロシアのジャマル・オタルスルタノフ、2009年世界王者のヤン・キョンイル(北朝鮮)、元世界王者のディルショド・マンスロフ(ウズベキスタン)などが反対ブロック。湯元も「組み合わせを見て、僕にチャンスをくれている。金メダルを取るんだと思った」と金メダル獲得を現実的にとらえられたそうだ。その気持ちが、準決勝の敗戦で、ポキっとへし折られてしまった。
■スタンドの父のゲキに、気持ちを立て直した
気落ちしてスタンドにいる両親の元へ顔を見せに行ったところ、父の鉄矢さんから激が飛んだ。「こんな内容じゃアカン!とどやされました」(湯元進一)。「ちゃんとやっている!」と売り言葉に買い言葉のように反発したが、「こんだけロンドンまで応援にかけつけてくれた人のために、どういった試合をすればいいのかわかるやろ」という父の本音を察知。その瞬間、銅メダルマッチのモチベーションが地の底から湧いてきた。
3位決定戦に回った湯元は、戦術も準決勝までとガラっと変えてきた。これまでは、片足タックルを多用していたが、この日は入ってからの処理にもたつき、2度もカウンター攻撃で失点した。3位決定戦前に、田南部力フリースタイル監督(警視庁)からの「一番キツい時に、頼りになる技は何だ?」という問いに、「両足タックル」と即答。その言葉通りにベリコフ戦では、第1ピリオドに両足タックルで相手の場外逃避による1ポイントコーションを奪い、第2ピリオドも1点リードされてから、ラスト15秒で再び両足タックルを決めて見せた。
銅メダルなんて…と表彰式前は、悔しさだけを前面に出していた湯元だが、「悔しさがあったけど、表彰式でメダルをかけてもらった時にいろいろな想いがあって、重いメダルだなと思った」と受け入れることができた。
双子の兄で男子フリースタイル60kg級の健一(ALSOK)は、北京五輪で銅メダルを獲得している。4年越しに「双子でメダリスト」を実現してみせた。だが、「(兄を)超えられなかった悔しさがある。4年間でやってきてやっと並んだのかと。そしてやっぱり抜けなかったのかと」と話し、「このメダルを磨いて金色にしたい」と悔しそうに笑った。