※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
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松本慎吾(左)コーチと伊藤広道グレコローマン監督に肩車される松本
【ロンドン(英国)、文=増渕由気子、撮影=矢吹健夫、保高幸子】ロンドン五輪レスリング競技でメダル第1号に輝いたのは、男子グレコローマン60kg級の松本隆太郎(群馬ヤクルト販売)だった。準決勝で昨年世界選手権優勝のオミド・ノルージ(イラン)にストレートで敗れ、3位決定戦に回った松本は、昨年世界選手権2位のアルマド・ケビスパイエフ(カザフスタン)を第3ピリオドでフォールを奪って快勝!
銅メダルを獲得すると同時に、日本男子15大会連続でのメダル獲得という使命を果たした。「今回のチームジャパンは金メダルを取れるチーム。メダルが途切れることはないと思っていたけど、序盤のグレコローマンでつなげられたのは上出来」と振り返った。
銅メダルで満面の笑みとはいかなかった。松本は2010年ロシアの世界選手権で銀メダル、同年の広州アジア大会でも銅メダルと公式国際大会で実績がある選手。狙っていたのは金色のメダルだった。しかし「金メダルを目指してやってきた。色が違うけど、自分がやってきた成果がこういう形(銅メダル)で出て、(応援してくれた人への)恩返しになると思う」と、周囲への感謝の気持ちを表した。
■世界王者をヒヤリとさせた松本
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世界王者のノルージにがぶり返しを仕掛ける松本(赤)
準決勝戦は死闘だった。現役世界チャンピオンのノルージ相手に、第1ピリオドのグラウンド攻撃では自分のポジションに持って行けず30秒が経過。第2ピリオドでは、スタンド戦でノルージの強烈な崩しに何度も吹っ飛ばされ、1分過ぎにはバックポジションを奪われた。
世界王者優位に終盤まで試合を展開されるが、松本はあきらめていなかった。ラスト5秒、相手が組みついてきたところを、強引にがぶり返しへ。ノルージの体が90度以上返り、一度は松本に2点が入ったが、タイムアップとみなされ取り消された。
結果として0-2のストレートでの黒星となったが、世界王者をひやりとさせたことは、ノルージの表情を見れば明らかだった。
世界王者に善戦したものの、金メダルへの挑戦が終わったことで松本の気持ちが切れかかったが、ここでメダルを逃すわけにはいかない。前日の55kg級で金メダル有力と言われた長谷川恒平(福一漁業)がメダルなしに終わっていたからだ。「長谷川先輩が負けてびっくりした。勝負の世界は甘いものではないと思い、気を引き締めて戦った」。金を逃してもモチベーションを下げることなく3位決定戦に臨んだ。
■新旧世界2位同士の対決を制した
3位決定戦の相手も歯ごたえ十分の相手だった。ケビスパイエフは昨年世界2位。だが松本は、「2010年は世界3位でコンスタントに結果を出している選手だけど、ここまでやってきた努力は負けていないと自信を持って闘った」と、堂々とマットに立った。
第1ピリオドは、クロスボディロックからの攻撃を防げず失点したが、スタミナに自信のある松本は動じない。第2ピリオドは、この2、3ヶ月、重点的に取り組んだがぶりを中心に攻め、最後はがぶり返しで3点を奪った。これで流れが一気に松本に傾いた。伊藤広道グレコローマン監督(自衛隊)らコーチ陣の指示で、がぶりの強化に励んできたことも「強化方針は間違っていなかった。信じてついてきてよかった」と振り返る。
第3ピリオドは1分過ぎに差しからの投げ技でフォールを奪った。「無我夢中で出した技。でも、でたらめな技ではなかった」と、銅メダルを決めたのは厳しい練習で体に染みついた技だった。まさに4年間のすべてを出し切ったことが銅メダルにつながった。
■応援に駆け付けた弟、篤史選手に辛口エール
松本が勝った瞬間、会場には多くの日の丸が揺られていた。応援席には家族も勢揃い。「メダルは、まず親に見せたい。2010年に(世界2位になって)親孝行したけど、2011年は(初戦敗退で)親不孝をした。これでまた親孝行ができました」と満足した表情を浮かべた。
両親とともに声援を送った弟で男子フリースタイル84kg級全日本王者の篤史選手に対しては「(僕のメダルが)うらやましい、悔しい、負けてたまるかという気持ちでやってほしい」と4年後のリオに向けてエールを送った。