※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=三次敏之、撮影=矢吹建夫)
「いつか闘ってほしいな」-。そんな母親の思いは、あっけなく実現した。明治杯全日本選抜選手権の女子51㎏級で優勝した川井梨紗子(愛知・至学館高=右写真)は、夫婦そろってレスリング選手だった父・孝人さんと母・初江さんの間に生まれた選手。
孝人さんは日体大時代の1987年にグレコローマン74kg級でエスポワール・ワールドカップ(カナダ)に出場し、1989年には学生二冠王(全日本学生選手権、全日本大学グレコローマン選手権)に輝いた強豪選手。初江さんは1988・89年の全日本女子選手権50・53kg級で優勝し、89年には世界選手権(スイス)にも出場した。
1992年10月に結婚した2人は、日本レスリング界で最初のレスリング選手同士の夫婦。川井は日本最初の“サラブレッド”ということになる。
そんな川井は、2009年に全国中学生選手権で優勝し、昨年8月には世界カデット選手権(ハンガリー)の52㎏級で優勝して血筋のよさを証明。12月の全日本選手権では3位に入賞して存在感を示し、今年に入っての2度の国際大会(ヤリギン国際大会=ロシア、クリッパン女子国際大会=スウェーデン)で優勝して急成長ぶりを見せた。
■優勝候補選手が軒並み敗れ、高校生同士の決勝戦へ
今大会の女子51㎏級は混とんとしていて、下馬評では、川井は3、4番手の評価だった。なぜなら、昨年の世界選手権5位の志土地希果(至学館大)、昨年の全日本選手権優勝者の宮原優(JOCエリーチアカデミー/東京・安部学院高)のほか、全日本選手権2位でワールドカップ出場の経験もある菅原ひかり(至学館大学)がいた。
山本美憂をフォールで下した川井
闘いは波乱が続いた。1回戦で志土地が敗退。その志土地を破った入江ななみ(福岡・小倉商高)が準決勝で宮原優を破り、決勝へ進出を決めた。一方、川井は2回戦で“レジェンド”山本を撃破。準決勝で菅原を破って決勝へ進出。予想された選手以外の2人が決勝で顔を合わせることになった。
「勝ち上がっていくうちに、宮原選手と闘うつもりになっていましたが、決勝の相手は入江選手でしたね。入江選手にも、これまで2度闘って勝てていなかったので、今回勝てて優勝できて、よかったです」
■史上初の“母と娘の世界選手権出場”、実現するか
冒頭の母・初江さんの言葉は、“レジェンド”山本美憂のことである。話は20年以上前にさかのぼる。初江さんが朝日住建のクラブチームで練習していた時のメンバーに山本美憂がいた。つまり、川井のお母さんと山本美憂はかつてのチームメート。初江さんにすれば、自分の娘とかつての練習仲間が闘うなどとは、想像もできなかったに違いない。
現役時代の母・初江さん(1990年全日本女子選手権)
その対戦が2回戦で実現。その後も勢いをとめずに優勝し、9月の世界女子選手権(カナダ)への道をぐっと近づけた。これまで、父と娘がともに世界選手権に出場した例はあるが、母と娘の出場といなれば、これも日本レスリング界初の出来事となる。
「代表に選んでいただけるのなら、攻め続ける姿勢を忘れずに練習に励みたい」と川井。日本レスリング界最初のサラブレッドの世界選手権での活躍が楽しみになってきた。