※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
3月30日からカザフスタンで行われるロンドン五輪のアジア予選。昨年の世界選手権で出場枠を獲得した国は出場しないので、どの国が出場枠を取っているかによって厳しさが違ってくる。男子グレコローマン55kg級のように、2010年の世界1、2位の国が残っている厳しい階級がある一方、アジアの強豪が順当に出場枠を獲得してくれた階級もある。
男子グレコローマン120kg級は、イランとカザフスタンという二大強国が出場枠を獲得してくれた。最高の追い風が吹いてくれたわけで、レスリング人生の集大成として挑む新庄寛和(自衛隊)は「4年前のトライアルで負けた時に、『あと4年だけやる』と決めた。今回がレスリング人生の最後。悔いの残らないように練習に取り組んでいます」と燃えている。
■豊富な練習量でスタミナ勝負
日本選手の体型と体力では、勝つのは厳しい階級であることは疑いのない事実。しかし新庄は2008年のアジア選手権で銅メダルを獲得した実績がある。以後の3度の世界選手権で白星を挙げることはできなかったとはいえ、いつも競り負けていた結果であり、「4年前の自分よりは絶対に強い」という感触がある。いいところが最高に出れば、イランとカザフスタンのいないアジアを勝ち抜く可能性は十分と言えるだろう。
2008年アジア選手権で銅メダルを獲得した新庄
ルールが変わり、1分30秒の段階でどちらかがポイントを取っていれば、スタンド戦で試合が続くことになったのも追い風。第3ピリオド、リードしていた場合はもちろん、リードされた場合でも、ラスト30秒のスタンド戦で、スタミナにものを言わせてポイントを取り、1-1へ追いついてラストポイントで勝つという可能性が出てきたからだ。それくらい、スタミナに自信を持っている。
そのためには、第1、2ピリオドを連取されてはならない。特に第1ピリオド、まだ相手も元気がいいので、1分30秒のスタンド戦は0-0で終わる可能性が高い。「その時のグラウンドで、回せるか。あるいは、回されないか。そこが最初の勝負です」と、まず最初のグラウンドの攻防にかける。
■第1ピリオドは取られてもいいから、相手をばてさせる作戦も
重量級はパワー勝負、と書いてしまうと語弊があるだろうが、パワーが大きく違っていては、どんな技術を持っていても役に立たない。アジア予選に出る日本のグレコローマン選手はこの冬、欧州での試合と合宿に参加し技術と戦術を磨いたが、新庄は「ヨーロッパの選手を相手にしたパワー養成も考えましたが、日本で徹底したパワーアップに取り組むことにしました」というやり方を選んだ。
全日本合宿で松本コーチと練習する新庄。見守る伊藤強化副委員長
伊藤広道・強化副委員長(自衛隊監督)は「優っている部分で勝負するのが鉄則。新庄の場合はスタミナ。そのためにも、グラウンドで転がされてはならない」と、新庄と同様、最初のグラウンド攻防が勝負と分析する。一方、「第1ピリオドを取られることになっても、相手をばてさせておけば勝機は出てくる。第1ピリオドは、わざと1点をやってもいいから、2分間、スタンドで闘うことがあってもいいのではないか」と、新ルールに即した作戦も示唆する。
理論はその通りだが、選手は故意に1ポイントをやってリードされ、第1ピリオドを“捨てピリオド”にする試合展開ができるものだろうか。相手は第1ピリオドを取ったことで気力と体力が充実し、予想通りのばて方をしないケースも出てくるはず。伊藤監督は「勇気は必要です。気持ちの切り替えでしょう」と話し、日本代表選手なればこそ、難易度の高い作戦をとる可能性も視野に入れている。
■“オリンピック選手”加藤賢三の輝きを実感
世界選手権への出場経験は4度あり(2007・09~10年)、男子の予選代表チームの中で最多だ。しかし、それだけでは、輝きとはいえない。4年前まで自衛隊の重量級選手としてともにやってきた加藤賢三(グレコローマン96kg級)が、前回の北京五輪に出場し、「こんなに輝きが違うのか。周囲の見方も全然違う」と実感した。あの輝きを、今度は自分が手にしたい。
「正直なところ、イランとカザフスタンが抜けてくれ、チャンスだと思いました」と燃える新庄が、レスリング人生の最終コーナーへ向かう。