※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
年々盛んになるマスターズの全日本選手権。常連の1人、今年51歳になる宮城県仙台市の橋浦晋さん(マリソル松島クラブ=日体大卒)は昨年3月、東日本大震災に直撃され、両親を失うという不幸に遭遇しながら、レスリングへの情熱を失わず、今年も元気いっぱいに参加した。
東北地方の太平洋沿岸を襲った津波は、橋浦さんの実家がある宮城県名取市に甚大な被害をもたらした。名取市の中で最も大きな被害を受けたのが実家のある閖上(ゆりあげ)で、「6人に1人は死亡した地域。両親もその中に含まれていました。家はほとんど跡形もなく流されてしまいました」と言う。
母らしき遺体は3月下旬、父らしき遺体は4月下旬に発見されたが、損傷が激しく識別はできなかった。父であることが分かったのは7月、歯形の一致によるものだった。母はDNA鑑定の結果、11月下旬にやっと分かった。「年内に分かってよかったですよ」とは言うが…。
橋浦さんと妻、2人の娘は仙台市に住んでいる。津波の被害は受けなかったとはいえ、電気も水道も止まって暖がとれなかったため、1週間は家族そろって車の中で寝る生活だったという。辛い日々が続き、マットに上がれる状況ではなかったと思われるが、逆に「大変な状況だからこそ、何かを元気にやらなければ、と思って」と、レスリングで汗を流したそうだ。
■震災を乗り越えたエネルギーで、ベテランズ世界王者奪取へ!
「落ち込みがあったのは確かです。でも、レスリングをすることで気分転換ができましたから。落ち込みを忘れる時間を、ちょっとでもつくっていければ、と思っていました」。7月には全日本社会人選手権(埼玉・和光市)に出場し、マスターズBで優勝。10月の国体にも出場し、初戦を突破する快挙。正確な記録は残っていないが、50歳にして国体で勝利を挙げた選手は、いたとしても数人だろう。
特別試合で坂口秀春さん(タイガーキッズ)と対戦する橋浦さん
今大会は、自分自身にいっそうの厳しさを課すため、昨年の63kg級から58kg級に落としてエントリーした。これは裏目に出てしまい、1500グラムが落ちずにトーナメントは計量失格となったが、特別試合を組んでもらい、エネルギーをマットの上にぶつけた。
マスターズのみならず一般の部にも出場を続けている選手に、毎年11月の全国社会人オープン選手権の常連で、この大会も出場を続けている五位塚悟さん(51)がいる。「みんなで、『50歳はまだ若い!』ということをアピールしていければいいですね」と訴える。
今年も大会出場を続ける予定で、昨年出場できなかった世界ベテランズ選手権(9月、ハンガリー)にも出場の方向。レスリングを支えに震災を乗り越えたエネルギーは、ベテランズ世界チャンピオンへの道を強烈に後押ししてくれることだろう。