2011.11.17

【全日本大学選手権・特集】日本の最激戦階級に新星が誕生…1年生大学王者・池田智(60kg級・日大)

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

(文=樋口郁夫)

 11月12~13日に岐阜・中津川で行われた全日本大学選手権で、日本の最激戦階級と言われる60kg級に新たなホープが誕生した。今年4月、京都・京都八幡高から日大へ進んだ池田智(右写真)。高校時代は全国大会でベスト8が最高という成績だが、今回、学生王者を破って見事に優勝。水面下でたくわえていたエネルギーを一気に開花させた。

 同高卒の強豪といえば、高校時代に三冠王を取った田中幸太郎、北村公平(ともに現早大)がいるが、彼らでも達成できなかった1年生大学王者という殊勲を達成。同高の力強い遺伝子は健在だった。

 「優勝という経験はほとんどありません。こういう大会に出させてもらって、それで優勝できたことは、素直にうれしいです」。日大のこの階級は、実力的には入江清志主将の方が上だというが、腰の負傷で出場できず、1年生の抜てきとなった。

 「反対側に強い選手が集まって、組み合わせにも恵まれましたね」と言う。だが、同じブロックに学生王者の鈴木康寛(拓大)がいたのだから、これは謙そんだろう。期待にこたえた優勝に、うれしいという表情以上に「信じられない」という表情の方が強く浮いていた。

■準決勝で学生王者の鈴木康寛(拓大)を破る!

 9月の全日本学生選手権でも3位に入賞していたので、優勝戦線に加わることは予想されたかもしれない。だが、鈴木は昨年の世界ジュニア選手権3位と国際舞台でも結果を残していいて絶対の本命だった。メダル圏内に残ることはあっても、優勝は難しいというのが大方の予想だった。

準決勝、鈴木の仕掛けをカウンターで返した池田

 その鈴木との準決勝は第1ピリオドを1-3で取られ、ここまでは順当な(?)流れだった。しかし第2ピリオド、鈴木の技をカウンターで3点を取ったことで流れが変わった。池田も「あれで(鈴木が)警戒したみたいで、タックルに入ってこなくなりました」と話すように、鈴木の動きはカウンターを恐れてか、明らかに思い切りがなくなっていた。

 第2ピリオドを4-0で取ると、第3ピリオドも仕掛けをためらう鈴木の攻撃を許さず、0-0で終了。クリンチの攻撃権を得た池田がテークダウンを決めて殊勲の白星。「これまで格上の選手が相手だと、弱気になってしまう部分があった。今回も、やはり気持ちで負けそうになりました」と正直に話すが、「同じ体重だし、同じように練習している。必ずチャンスが来ると信じ、最後まであきらめないで闘えた」という。

 「相手は3年生で『負けられない』というプレッシャーがあったと思うけど、自分は負けても失うものはない。攻めることができた」と、弱気を乗り越え、気持ちで負けなかったことを勝因に挙げた。

 しかし「クリンチの攻撃が相手になっていたら、自分は負けていた。運がいい勝利でした」とも話し、実力でまさっていたわけではないことも強調。「次に闘う時は、もっと自分から攻めて、ポイントを取って勝たないとなりません」と、自らの力を過大評価することなく現状を見つめた。

■高校時代は“天敵”に3連敗で全国大会のメダルなし

 準決勝までに強豪を破った場合、そこで緊張が切れてしまって、決勝では力が出なくなることは、この世界ではよくある。池田に幸運だったのは、反対側のブロックから上がってきたのが、同じ1年生の鴨居正和(香川・香川中央高~山梨学院大)だったこと。全国王者を経験している同期生。高校時代に闘うことはなかったが、中学時代に闘って負けたことがある相手だった。

決勝で鴨居正和(山梨学院大)に競り勝つ

 「これから何度も闘うことになる。ここで負けたら、負け続けになってしまう」という思いが、「絶対に勝つ」という気持ちにつながった。「インカレ3位もうれしかったのですが、やはり優勝はうれしいし自信になります」と、今後ライバルとなるであろう相手に勝って優勝に満足そうだ。

 小学4年生からレスリングを始めたが、体力づくりのレベル。中学時代も受験を考えていたので週2、3日程度の練習だったという。「強くなろう」と思って毎日練習するようになったのは京都八幡高に進んでから。2年上に田中幸太郎、1年上に北村公平という高校三冠王を達成した強豪いて、後に続きたい気持ちになった。

 しかし、高校の最終学年で残した成績は全国高校選抜大会がベスト16、JOC杯ジュニア選手権が2回戦敗退(高校生に負け)、インターハイと国体がベスト8と、一度も表彰台に上がることがなかった。高校の3大会は、すべて桑原諒(静岡・飛龍~現早大)に敗れた。「苦手意識があったんですね」と苦笑いする。

 その経験が「苦手意識を持ったらダメだ」という気持ちにつながり、鴨居への連敗を拒んだのだろう。桑原は階級を上げたようなので、今後個人戦での対戦はなさそうだが、リーグ戦では闘うこともあるかもしれない。「勝って、苦手意識を取り除いておきたいですね」と言う。

■「高校時代に実績のなかった選手の見本になる」と富山英明監督

 日大の富山英明監督は「練習では74kg級の選手とも積極的にやっている。もしかしたら、という期待はあったが、正直なところ、鈴木にはまだ勝てないと思っていた」と振り返る。高校時代に実績のない選手だが、前へ出る力と反応のよさという光るものはあったとそうで、減量がほとんどないこともプラスに作用したと分析する。

12月の全日本選手権が楽しみなホープに成長

 パワーアップして減量の必要が出てきた時、自分のレスリングを貫けるかどうかという課題が残る。同監督は「(決勝の)鴨居とは差がなかったし、これからが勝負」と、気をゆるめることなく前進してくれることを期待。「高校時代に実績がなくてもできる、という見本になってくれるね」と話した。

 池田も「周りと差があって、自分が飛び抜けて強いわけではない」と、最後まで謙虚な気持ちを忘れなかった。世界レベルの選手が多い階級なので、12月の全日本選手権では簡単に勝たせてもらえないだろうが、今回のように「負けても失うものはない」という気持ちを持って闘えば、殊勲の白星を積み重ねることもありうる。激戦階級が、さらに熱く燃えそうだ。