※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
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【タシュケント(ウズベキスタン)、増渕由気子】アジア選手権の女子67㎏級は井上佳子(クリナップ)が初優勝した。
2006年の名古屋ワールドカップでシニア・デビューを飾り、高校3年で全日本選手権67㎏級優勝。大学1年で世界選手権に出場するなど順風満帆の競技生活を送っていた。
だが、初出場の2007年世界選手権(アゼルバイジャン)では3位決定戦で負けて5位。2009年も世界選手権に出場したが、またも3位決定戦で負けてメダルを逃していた。アジア選手権は2009年のタイ大会に出場し、準決勝で中国にフルピリオドの末敗れ、金メダルを逃した。
「世界ジュニアチャンピオンなのに、シニアにあがってからは海外で優勝がない。ここぞというときに負けてしまう」と反省を口にする。欠点は把握している。「相手に合わせたレスリングをしてしまう。練習ではガンガン前に出るのに、試合だと見合ってクリンチになり、そして負けることがある。自分でも(試合でのスタイルを)変えていかなくてはいけない」と自覚している。
今大会、井上にとってプラスだったのは女子の2日目に試合が行われたことだ。大会初日、55㎏級の松川知華子(ジャパンビバレッジホールディングス)と51㎏級の菅原ひかり(愛知・至学館高)がタックルで攻めるレスリングを展開してメダルを獲得した。木名瀬重夫コーチ(日本協会専任コーチ)から「佳子も攻めて勝てよ」とゲキを飛ばされたことで、気持ちが固まった。同門の菅原は、くしくも自分がシニアデビューを果たしたのと同じ18歳でアジア選手権のマットに立っている。井上は自然と「初心」を取り戻していた。
もともと練習では前に出るタイプ。いつもどおりを目標に、1回戦から前に出て、タックルが失敗しても次の一手を出し連続技でポイントにつなげた。テークダウンを奪ってからも、休むことなくアンクルホールドへ移行。決勝戦の第2ピリオドはアンクル地獄でテクニカルフォール勝ちを収めた。
■震災で苦労している職場のためにも頑張るしかない
4月から井上は社会人になった。エリートにしか許されない企業に入ってレスリングを続ける環境を手に入れた。「クリナップにお世話になることになりました。企業スカウトの話を聞いて、こんな自分を取ってくれるなんてうれしかった。喜んで行きますと快諾しました」。
だが、入社直前の3月11日、未曾有の東日本大震災が起こる。福島県いわき市に事業所を構える同社も震災で被害を受けてしまった。福島県の沿岸部は津波に加えて、原発の問題も深刻な状況。井上にとって、今までにない新しい気持ちが芽生えた。「会社は大変な状況なのに、自分はレスリングを今までと同じ環境でやらせてもらっている。これは、会社のためにも頑張るしかない」。社会人としての自覚が芽生えたことが、井上の実力を開花させるきっかけとなったようだ。
今年9月の世界選手権(トルコ)の67㎏級代表は現在決まっていない。井上は昨年12月の全日本選手権で優勝したが、4月の全日本選抜選手権で後輩の土性沙羅(愛知・至学館高)に負けて2位に終わったためだ。両大会のチャンピオンが異なるため、これからの全日本合宿などの練習内容や参考試合で総合的に代表を決めることになった。
「アジア選手権で自信はつきました。今年の世界選手権代表になって、今度こそ世界でメダルを取ります」。アジア選手権優勝が井上佳子の進化のキッカケになるだろうか。