※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=渋谷淳、撮影=矢吹建夫)
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五輪2連覇の女王、吉田沙保里(ALSOK)が圧倒的な実力を見せて9年連続9度目の優勝を達成した(右写真)。
もっとも、圧勝で終わるかに見えた決勝で小さな“異変”が発生した。第2ピリオド、松川知華子(ジャパンビバレッジ)がタックルを仕掛けると、百戦錬磨の世界女王がその瞬間だけ別人になったかのように体勢を崩し、ポイントを許してしまったのだ。2009年世界選手権準決勝でトーニャ・バービック(カナダ)相手にポイントを失って以来の失点。
会場がどっと沸く。松川の目が光る。しかし、この失点で覚醒したのは吉田だった。「1点取られてクソーッと思って。あの取られ方は自分として許せない気持ちでした」。闘争心に火がついた吉田が松川に牙をむいた。相手をかち上げるような豪快なタックルでお返しすると(左下写真)、あっという間にフォールまで持ち込んでしまった。
終わってみれば当たり前の結果とはいえ、どのような経験でも無駄にせず、小さなことまで反省材料にする謙虚な姿勢は、この選手の強みに違いない。「失点もそうですけど、フォールしないといけないところでフォールを逃したところは反省点です。パワーが足りないという感じがしました。技はもちろんパワーも磨かないといけないですね」
来年はいよいよオリンピックに向けた選考レースがスタートする。あまりに勝ち続けているので、周囲はつい「今度も勝って五輪3連覇」などと軽く口にしてしまうが、闘い続ける女王にぬかりはない。「来年はロンドン・オリンピックに向けて一番大事な年になります。国際大会は日本に比べると試合間隔が15分とか短いので、体力面でも今まで以上の上積みが必要になります。大きな大会では何が起こるか分かりませんからね。来年は十日町(新潟県。日本代表女子チームの合宿地)で十分に坂道を走り込むつもりです」
コンスタントに大会に出場し、結果を出し続ける吉田。その言葉を聞く限り、いまのところ死角はなさそうだ。