※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子)
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日本屈指の激戦階級である男子フリースタイル60㎏級。2008年北京五輪銅メダルの湯元健一(ALSOK)をはじめ、2006年世界3位の高塚紀行(自衛隊)に、先月の広州アジア大会銀メダルの小田裕之(国士舘大)。ジュニア世代など若手にも有力株が勢ぞろいの階級だ。北京五輪後の2年間、全日本選手権と全日本選抜選手権の本戦で勝率10割と驚異的な数字を持つ選手がいる。それが前田翔吾(ニューギン=右写真)だ。
日体大3年時(2008年)の全日本選手権で初優勝を飾り、2009年の全日本選抜選手権も初優勝。同年の世界選手権(デンマーク)代表になり、初出場にもかかわらず5位と大健闘した。2009年の全日本選手権は不祥事によるチームの出場停止処分欠場を余儀なくされたが、半年のブランクをものともせずに、今年5月の全日本選抜選手権で再起の優勝を果たした。
プレーオフで小田に敗れて2年連続の世界代表はならなかったが、約10日後に行われたアジア選手権(インド)で銀メダルを獲得し、本戦優勝のプライドを見せつけた。2012年ロンドン五輪へ向けて、前田は国内外で最もコンスタントに成績を残している選手といえるだろう。
■半年のブランクのあと、本戦で勝つのが精いっぱい、プレーオフでは気持ちが途切れた
5月の全日本選抜選手権の優勝は見事な復活劇だった。だが、気持ちはプレーオフまで続かなかった。前田は、「トーナメントを勝ち抜いたあと、プレーオフで勝つ気持ちになれなかった」と振り返る。半年間の出場停止処分を乗り越えての優勝に、張り詰めた気持ちがゆるんだのも無理はない。
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加えて、2009年全日本王者の小田は初戦で敗退したため体力は十分。プレーオフで4試合目だった前田と、2試合目だった小田とは体力面の差がもろに出てしまった(左写真=プレーオフで小田と闘う前田)。
プレーオフでの1敗が、前田にとっては世界選手権の代表を逃したのみならず、年間を通して大きな痛手となった。全日本チームでは、強化選手の一員であっても2番手扱いで“補欠”の位置。これまで「全日本合宿では1番(正メンバー)の扱いしかされたことがなかった」という前田が、全日本合宿で要求された仕事は、世界選手権が近づくにつれて、自身の強化より、正メンバーのサポート役に回ること。
初めての経験に戸惑いを隠せなかった。「5月の全日本選抜で優勝したのに自分は補欠扱い。悔しかったです。12月で優勝するんだと誓いました」と、2番手の悔しさをバネに練習に没頭してきた。
■同じ“アジア2位の”小田裕之より、北京五輪銅の湯元健一を警戒
日本代表の小田は11月のアジア大会で銀メダルを獲得し、今度の全日本選手権ではアジア2位の肩書きを持ってがい旋する。だが、前田も、5月のアジア選手権で銀メダル。小田と同等の成績を残している。そのせいか、“打倒小田”というスローガンは映っていない。
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「やはり一番のライバルとなるのは、湯元先輩です。オリンピックの出方を知っていることが大きいですね。全日本レベルの大会で優勝した3回とも対戦はありませんでした」と大学の先輩を牽制する。同じ環境で練習を積んでいるだけあって、湯元の強さは身にしみている。前田にとって、越えなければいけない壁だ(右写真:全日本合宿で湯元と闘う前田=右)。
一番の脅威は、湯元のここ一番での調整能力。五輪出場権をプレーオフの末に手に入れたように、湯元には一発勝負の強さがある。湯元は北京五輪後に腰の手術などで戦列を離れ、復帰後の全日本選手権と選抜選手権での優勝はないが、ロンドン五輪へそろそろギアを入れ替えてくるだろう。
だからといって、打倒湯元だけに燃えているわけではない。前田はまだ社会人1年目の若手だ。「目標は自分のレスリングをすることが目標。相手を研究して、相手に合わせたレスリングをしていていは、自分がダメになると思う」と、あくまで「自分から攻めるレスリング」にこだわりるつもりだ。
「来年のトルコ(世界選手権開催地)行きの切符は僕がもらいます!」。2年ぶりの全日本で前田翔吾の優勝なるか-。