※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子、撮影=保高幸子)
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男子フリースタイル55㎏級・稲葉泰弘(警視庁)のアジア大会は、準決勝で2009年世界王者のヤン・キョンイル(北朝鮮)にストレート負け。しかし3位決定戦で勝って銅メダル獲得で終わった(右写真)。
世界3位の稲葉はアジアも銅メダル。9月のロシアでの世界選手権から約2ヶ月後のアジア大会でも調子を落とさずメダルを獲得したことは、海外で安定した力を持っていると評価できる。だが、稲葉は自分自身にあきれていた。「準決勝が情けない試合になってしまった。金メダルを取れずに悔しい」。2009年世界王者のヤンにテクニカルフォールで敗れたことで下を向いた。
北朝鮮は9月の世界選手権に全階級でエントリーしなかった。ディフェンディング王者なしで行われた大会で稲葉は銅メダルを獲得。「世界選手権で対戦できなかったので、やってみたかった」と現世界3位と前世界王者の腕比べを楽しみにしていた。だが、大差で敗れたことに「もうすこしできるとおもった」とショックを受けた。
ヤンは難攻不落の城ではない。今年5月のアジア選手権では日本2番手の湯元進一(自衛隊)にストレートで敗れている。稲葉と湯元は5月の全日本選抜選手権でプレーオフまでもつれる互角の闘いを展開し、紙一重で稲葉が代表権を手に入れている。ライバルがヤンに勝っている以上、稲葉も勝って12月の全日本選手権に挑みたかったが、その青写真が崩れてしまった。
■霞ヶ浦魂を持ちこみ、恩師の前で意地の銅メダル
「3位決定戦までは時間がありましたから、気持ちは切り替えられた」と、チョグトバータル・ダンディンバザール(モンゴル)との3位決定戦は、あっさりとストレート勝ちした。「レスリングは対人競技なので、相性というものもあるけど、それが関係ないくらい強くならないと」ときっぱり。
今大会、稲葉が金メダルにこだわったのは、会場に現れた茨城・霞ヶ浦高時代の恩師・大沢友博監督の存在もあった。タオルは大沢監督の座右の銘「勇往邁進」の文字が刻まれたものを使用。霞ヶ浦魂をアジア大会に持ち込んで戦った。
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大沢監督は「アジア大会で教え子を見るのは初めて。銅メダルを取れてよかった」と稲葉の奮闘をねぎらったが、「ヤンが2回戦で2-1と競ったモンゴル選手に3位決定戦であっさり勝った。(ヤンと)本当はあんな差はないはず。敗因は4度も腕をつかまれたから、飛行機投げを何度も受けた。組み手をもう少し頑張れば、もっとやれた」と課題を挙げた(左写真=ヤンに攻められる稲葉)。
世界選手権、アジア大会と2010年の海外試合は終わった。明日から稲葉に「日本代表」の肩書きは保障されない。「12月の全日本選手権だぞと、大沢先生に言われました」。稲葉が銅メダルを取ってホッとするのは今日限り。明日からは全日本選手権で湯元との決着に気持ちを切り替えた。